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畜産でのメタン削減の取り組み
世界の先進事例は

環境への取組

2023/2/3

地球全体にさまざまな変化をもたらす気候変動。気候変動をもたらす地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの全排出量のうち、実は、食糧の生産を由来とする温室効果ガスの排出は全体の3分の1ともされます(※1)。そこで私たちは、地球環境のために、食由来の温室効果ガスの排出量を減らすよう配慮した食生活を選択するライフスタイル「クライマタリアン」の考え方を広めるため、「Climatarian.jp」というWebメディアを運営しています。

私たちの食事は、実際にどれだけ気候変動に影響を与えているのか、また、畜産はどの程度、地球温暖化と関係があるのか……気候変動と畜産のいまと未来を考える連載の第二回。今回は、畜産からの気候変動アクションとして、世界で実際に行われている牛由来のメタン削減の取り組みにフォーカスしていきます。

世界で始まる畜産のメタン削減対策

食に関わる温室効果ガスの排出量の中でも、特に多いのが畜産によるものです。牛などの反すう動物が消化の過程で発生させるメタンガスは、二酸化炭素に次いで地球温暖化に及ぼす影響が大きい温室効果ガスで、地球温暖化への影響は同じ量の二酸化炭素と比べ28倍に上るため、牛などの家畜からのメタンガスは、全世界の温室効果ガス排出量の6%を占めるとも言われます(※2)。そこで、世界の農業の現場では、家畜由来のメタンガス排出量を減らすためのさまざまなアクションが生まれてきています。

●牛にもマスク? 牛用マスクの開発が進む

イギリス拠点のスタートアップが開発したのは、牛用のマスクです。ベルト式になっていて、牛の出すゲップから直接メタンを除去しようという取り組みで、メタンガスが60%削減できるということです。また、取り込まれたメタンは水とCO2に分離され、水は水蒸気として排出されるといいます。この方法であれば飼料の変更が不要なので、牛の体内での消化や、成長にも心配がいらないということです。(※3)

●「カギケノリ」(海藻)をエサに用いる研究

カギケノリとは、高さ10~30 cmくらいで、オーストラリアなどの熱帯・亜熱帯海域に分布している紅藻類という海藻の一種です。オーストラリアの研究によると、カギケノリを一定程度牛の飼料に含ませて90日間育てたところ、最大98%のメタンが削減されたということです。さらに、牛の体重の増加も見られ、牛の成長にも良い影響を与えていることがわかったということです(※4)またアメリカではこのカギケノリをエサに混ぜるためのサプリの開発も進んでいて(※5)、各国で実用化に向けた具体的な動きが始まっています。



●「カシューナッツ殻液」をエサに用いる研究

カシューナッツ殻液とは、みなさんおなじみのカシューナッツの殻を絞って抽出した液体をさします。牛は、食べたものを胃の中にいる微生物が発酵、分解することで、栄養素を作っていますが、微生物のなかには悪玉菌も含めてさまざまな種類がいます。カシューナッツ殻液には、胃の中にいる消化を助ける菌は維持しつつ、メタンガスの原因となる菌に作用する効果がある、という研究結果が報告されています。(参考文献:牛由来メタンガス発生を約 36%*抑制することが見込まれる * 人工ルーメン試験におけるカシューナッツ殻液添加濃度 50ppm での抑制効果(Watanabe et al. 2010))それだけでなく、乳牛の乳生産性や繁殖成績の向上、肉牛の体重増加など、こうした取り組みを持続可能にしていく上で非常に重要な、畜産農家の方の経済性のメリットもあることが分かっています。

メタン削減で付加価値アップ? 商品開発の動き

こうしてメタンを削減して育てられた牛やその牛乳を使った製品は、特別に商品化されている事例もあります。実際の海外・日本での商品開発の事例について紹介していきます。

●メタンを削減したミルクをコーヒー店に

スイスのスタートアップ企業は、メタンを削減しながら育てた牛が生産したミルクをバリスタミルクとして、ロンドンのコーヒーショップなどに販売しています。この企業は、まずメタンを削減することができる牛用のサプリメントを開発して特許を取得していて、そのサプリメントを与えられて育てられた牛からとれた牛乳を、商品としてブランディングしています。またこの企業では、このサプリメントを使って農家がメタンを削減した分を、「カウクレジット」として企業や個人に販売できるコンセプトを提唱しています。そうすることで農家側の資金的な負担を相殺しながら、持続可能な形でメタン削減につながると考えています。(※6)

●デンマークの大手企業も取り組み開始

デンマークに拠点を置く乳製品メーカーである「アーラ・フーズ」も、メタン削減を商品ブランディングに生かそうとする動きを見せているようです。「アーラ・フーズ」はヨーロッパ最大規模の乳製品メーカーで、搾乳量は世界第5位。デンマーク王室御用達のブランドとしても知られています。(※7)まだテスト段階のようですが、メタン削減が可能な添加物を開発した企業と協力し、ヨーロッパの3か国で、1万頭の乳牛を対象に効果を確かめているということで(※8)、デンマーク王室御用達のメーカーのさらなるブランディングにつながるか、注目されます。

●スウェーデンではメタン削減牛肉が販売開始

スウェーデンでは、メタンを削減して育てられた牛肉が、初めて商品化されました。「Low on Methane」を意味する 「LOME」と名前が付けられたこの商品は、スウェーデンを拠点とするスタートアップがカギケノリを使ったサプリメントを開発して、食品会社やスーパーマーケット チェーンと共に、牛肉として商品化したものです。スウェーデンでは多くの店舗で売り切れが発生したということです。(※9)スウェーデンでは、広告代理店の調査によると、23%の人が積極的に肉の消費を減らしたいと考えているほか、19%は環境の観点からすでに植物ベースの食事に移行しているということで、環境志向の高い国だけに大きなブランディング効果を発揮しています。

●日本でも取り組みが始まる!熊本の特産牛が地球にやさしく?


『環境に配慮したあか牛生産を開始』

実は日本でも、こうしたメタン削減飼料を生かした商品開発の取り組みが始まります。熊本県の特産の和牛である「あか牛」を生産している熊本県南阿蘇村は、2023年の1月、カシューナッツの殻液を原料にした飼料を活用し、畜産業によるメタンガスの排出削減技術に取り組むプロジェクトを始めることを発表しました。慶應義塾大学や熊本県畜産農業協同組合連合会などと協力し、牛由来のメタンガス排出抑制を図り、持続可能な農畜産業の創出を目指すということです。(※10)近年生活スタイルの多様化が進む中で、お肉に対しても環境負荷が少なく、健康に良いものを求めるニーズが広がっています。環境に優しいあか牛を生産することによって、特産の「あか牛」のブランド価値を高めることに繋がっていきそうです。

地球環境のためのメタン削減技術に期待


『くまもとあか牛放牧風景(写真提供:南阿蘇村役場)』

持続可能な畜産業の希望となることが期待されるメタン削減のソリューション。それが既に世界では、生活者が実際に手に取ることのできる商品として社会に登場してきているということは、嬉しいことですね。日本での新たな動きにも注目が集まりそうです。一方で、こうした商品の背景や狙いを、買い手側も理解していないと、購入には結びつきにくい現状もあるようです。未来を見据えた技術の進化と、商品開発を応援するとともに、私たち消費者にもより多くの情報が届き、購買行動の変化につながることで、社会全体でこうした動きを応援することができれば良いなと感じます。

第三回となる次回の記事では、こうした食からの気候変動対策を志向する若者世代の動向と、そのムーブメント「クライマタリアン」についてお伝えします。

記事協力:Climatarian.jp(クライマタリアン.jp)
食と気候変動の関係についての情報発信や、地球にやさしい食材の選びかたなどの情報をお届けする、おいしいと地球をつなぐウェブメディアです。

【出典】
※1 https://news.un.org/en/story/2021/03/1086822
※2 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1751731119003100#tbl1
※3 https://wired.jp/2021/01/19/cows-climate-change-methane-stop/
※4 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0959652620308830?via%3Dihub#ack0010
※5 https://blueoceanbarns.com/
※6 https://www.wipo.int/wipo_magazine/ja/ip-at-work/2021/mootral.html
※7 https://www.arla.jp/about-us/
※8 https://www.feednavigator.com/Article/2022/04/20/DSM-and-Arla-Foods-to-test-methane-additive-in-large-scale-on-farm-pilot-study
※9 https://www.new-nutrition.com/nnbBlog/display/143
※10 https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2023/1/17/230117-1.pdf?fbclid=IwAR0WxzGR8Xvb6dlkgDiQDgPcQFFx0SKQWjolVnwtaUQ83Pa_1J0aSddWZSU

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